緑内障
目次
緑内障について
緑内障とは、何らかの原因で視神経が障害され、視野(見える範囲)が狭くなる病気です。その多くは目の硬さである眼圧と、目の奥に存在する視神経とのバランスがうまくとれていない事が要因と考えられています。
眼圧が高い事で視神経に負担がかかり、視野が欠けていくというのは想像がしやすいかと思います。ところが、眼圧が正常な値でも、視神経の構造が生まれつき弱いことが原因で、視神経のダメージが進行してしまうこともあります。実は緑内障の約7割が正常眼圧下で起きているもの(正常眼圧緑内障)であり、特に日本人は正常眼圧緑内障の方が多いと言われているため注意が必要です。
残念ながら、現在の医学では緑内障を完全に治すことはできません。その治療は、眼圧を下げることで視神経への負担を軽減することです。視野が欠けていくスピードをコントロールしていくことで、生活に支障がでてしまうような視野障害を防ぐことが目的となります。そのため、緑内障を早い段階で発見し、点眼薬などを用いて眼圧をコントロールすることが非常に大切となのです。
眼圧とは?
目の中には血液の代わりとなって栄養を運ぶ房水と呼ばれる液体が流れています。房水は毛様体という場所で毎日つくられ続けていますが、それにも関わらず眼球という水風船がある程度一定の圧力を保つ事ができているのは、目の排水溝(隅角)から常に房水が排出されているためです。
眼圧の正常値は10-21mmHg(日本人の平均値は13-14mmHg)といわれています。眼圧は様々なことに影響を受け変化する値で、同じ日に測定を行っても5mmHg程度変わることもあります。そのため、緑内障の治療をしていく上で、眼圧の数字だけを見て安心する事はできません。診察室でお会いしたその瞬間の眼圧は、1つの目安にはなっても、緑内障の進行抑制を保証する値にはならないからです。
適切な眼圧(視野が進行しない眼圧)は1人1人異なります。緑内障が疑わしい場合、数回の測定によって眼圧が普段どの程度なのかを知り(基準眼圧)、点眼薬を使ってどの程度値が変わったのか、その眼圧で視野欠損が進行していかないかどうかを確認していくことが大切です。眼圧の数値だけ見ていくのではなく、定期的な視野検査を含めた眼科医の総合的な評価が治療には必要です。
眼圧は季節や時間による影響を受けるだけでなく、角膜(黒目)の厚みによっても変化します。角膜が10μm厚くなっただけで眼圧は0.5-1.0mmHgも変わるといわれており、角膜の厚みが薄くなるレーシック後などは注意が必要です。当院では角膜厚を補正することのできる機械を用いて眼圧を測定していますが、より正確な眼圧が知りたい症例の場合、診察室で医師による眼圧測定(アプラネーション)をする場合もあります。
自覚症状がなければ大丈夫?
緑内障の怖いところは、ある程度重症化してからでないと自覚症状が現れないことです。片目ずつ左右の見え方をよく比べてみれば気がつくことがあるかもしれませんが、普段の生活では両目で見ていることでカバーされてしまうことが多く、中期〜末期に進行するまで気が付けないことも珍しくありません。
普段の生活で何も困っていないから大丈夫。そういった考えは緑内障の進行を見逃す要因となってしまう可能性があります。
緑内障を見逃さないためには?
緑内障は決して珍しい病気ではありません。疫学調査(多治見スタディ)では、40歳以上における人口の5%に緑内障患者が存在するといわれています。これは、言い換えれば20人に1人の方が緑内障の可能性があるということです。また、緑内障を指摘された方の約9割が、自身では緑内障と気がついていない潜在患者であることもわかっています。緑内障は遺伝も関係することがわかっており、血のつながった家族の方や、親戚の方に緑内障の方がいらっしゃる場合は特に注意が必要です。
緑内障は世界的に見ても失明原因の上位に位置します。一度失われてしまった視野は元に戻す事はできません。自分自身で目を守るという自覚を持ち、発見の機会を逃さない心がけが大切です。40歳以上の方、健康診断で指摘(高眼圧や視神経乳頭陥凹拡大)された方、ご家族や親戚に緑内障の方がいる場合は、重症化してしまう前に緑内障のチェックを受けていただく事をお勧めします。
視神経乳頭陥凹拡大とは?
健康診断を受けていただいた方の中には、視神経乳頭陥凹拡大と書かれた文字を見て、これはなんだろう?と感じた方がいるかもしれません。
眼科検診における緑内障のチェックとして、我々は目の奥にある視神経の入り口(視神経乳頭)を確認しています。正常な視神経乳頭と比べると、緑内障がある方の視神経乳頭は陥凹(へこみ)が大きく、輪郭がいびつになっていることが多いためです。そのため、視神経乳頭陥凹拡大がみられたり、眼圧が高い場合には、視野検査を受けていただくようご案内させていただきます。また、神経繊維の薄さ(眼底検査やOCTによる評価)、目の排水溝である隅角検査も緑内障を診断する上で重要です。
緑内障の治療について
前述したように、緑内障を完全に治すことはできません。眼圧を下げることで視神経への負担を減らし、生活に不自由が生じないよう、視機能を失わないようにコントロールしていくことが最大の目的です。
眼圧を下げる方法には点眼薬、レーザー治療、手術があります。適切な眼圧は1人1人異なるため一概には言えませんが、その方の基準となる眼圧(治療開始時)より約30%下降させることが理想的と言われています。
薬物療法
目の中でつくられた房水は、排水溝(入口を繊維柱帯とよびます)から流れていくことで一定の圧を保っています。排水溝には、線維柱帯から眼外の血管へ流出していく主流出路(繊維柱体流出路)と、虹彩の根部から毛様体の筋組織の間を通って眼外に流出する副流出路(経ぶどう膜強膜流出路) が存在します。房水の約90%は主流出路から、残りの10%は副流出路から流出すると考えられています。
緑内障治療の主軸となる点眼薬には多くの種類があります。主流出路や副流出路から房水の流出を促進するタイプと、房水産生機能を抑制するタイプが存在するだけでなく、それぞれの作用機序によってさらに細かく分類されます。
様々な点眼薬を組み合わせていくことで、その方にとっての適切な眼圧(視野欠損が進行しない眼圧)まで値を下げてあげることが治療の目標です。点眼薬の中には、合剤と呼ばれる2種類の効果が配合された薬も存在します。患者様に合わせた点眼薬の組み合わせを一緒に探していくことが大切なのです。
開放隅角緑内障と閉塞隅角緑内障
点眼治療はどんな緑内障にも有効なわけではありません。緑内障は大きく2つに分類されます。排水溝が存在する隅角が閉塞していない開放隅角緑内障と、隅角が物理的に閉塞してしまっている閉塞隅角緑内障です。
出口が閉塞しておらず、房水の流れが悪くなっている場合には、房水流出を促進する点眼薬が有効です。ところが、閉塞隅角緑内障の場合、房水流出をいくら促進しようとしても、物理的に排水溝が閉じてしまっているため効果を十分に得ることはできません。閉塞隅角緑内障の場合、物理的に閉塞してしまった出口を手術で開放したり、別の流出路を新たにつくる手術が必要となります。
緑内障の方が飲んではいけないお薬とは?
緑内障治療をしている患者様から、「使ってはいけない薬はありますか?」と聞かれる事がよくあります。確かに、内視鏡検査をする際などに使われる鎮静剤や、抗うつ薬、抗不安薬など、緑内障のある方が使用する際に注意が必要な薬剤はいくつか存在します。ただ、ここで話題となっている緑内障は閉塞隅角緑内障と呼ばれるものであり、全ての緑内障患者が対象となるわけではありません。自分がどういったタイプの緑内障であるかを正しく知っておけば、こういった余計な心配事も増やさなくて済みます。
自分がどういうタイプの緑内障なのか、そのためどういった治療が必要となり、どんなことを狙って点眼薬を使っているのか。こういったことを理解することで、点眼薬をしっかり使おうとする意識が高まり、結果として良い治療を期待することができるようになると考えています。
緑内障治療の考え方
緑内障の治療で最も大切なことは、その患者様の年齢と視野の進行スピードを把握する事です。なぜなら、同じ状態から同じスピードで悪くなっていく緑内障の患者様がいたとして、その時の年齢が40歳と80歳の方とでは、視神経を守らなければならない期間にどうしても差が生じてしまうからです。
我々眼科医が緑内障の進行具合を評価する1つに、MDスロープ(視野の悪さを数値化したMD値の変化の傾きと考えてください)と呼ばれる指標があります。これは視野検査を定期的に受けていただくことでわかる数値で、今後の予後を予想するのに役立ちます。
どの部分の視野が欠けているかにもよりますが、MD値と呼ばれる値が-20db程度になると生活に支障が出始め、-30dbで失明すると考えてみてください。人間の視野は、たとえ緑内障がない方でも、加齢に伴い-0.3db/年と呼ばれるスピードで悪くなると言われています。日本人に多い正常眼圧緑内障で無治療の場合には、このスピードが-1.0db/年になると考えられており注意しなければなりません。
緑内障治療は、MDスロープを-0.5db/年以下に抑えることが理想的です。これは40歳で発症した場合(発症時のMD値が0dbであったと仮定)に、100歳で-30db(つまりは失明)に到達するという進行スピードです。
視野検査を定期的に行う(ガイドラインでは年に4回ほどが推奨)ことで、正しいMDスロープを知ることができるようになります。このまま治療を続けた場合、その方が何歳くらいまで不自由なく生活する事ができるのかある程度予想することができるのです。
レーザー治療(SLT:選択的繊維柱帯形成術
SLT(選択的繊維柱帯形成術)は、出口が詰まり気味で流れが悪くなっている開放隅角緑内障に対して注目を浴びている治療です。
主流出路の入り口である繊維柱帯が詰まる原因に、色素細胞(メラニン)があります。繊維柱帯と呼ばれる排水溝のフィルター部分に、メラニンと呼ばれるゴミが根詰まりを起こしているイメージです。SLTと呼ばれる治療では、根詰まりの原因となっているメラニンのみを選択的に破壊する事でフィルターの根詰まりを解消し、結果的に排水溝の流れをよくする事で眼圧低下作用を期待します。
効果には個人差はありますが、1回のレーザー加療で、点眼薬1本分程度の眼圧下降効果が約2-3年持続するのではと考えられています。治療は2-3回繰り返すことも可能といわれており、比較的簡単で安全に行えるため注目を集めている治療です。
点眼治療ではなかなか十分な治療効果が得られない方や、複数の点眼薬を使用するのが困難な方、点眼をよく忘れてしまう方、妊娠や授乳中で必要な点眼薬が十分に使用できない方などに大変喜ばれる治療です。
緑内障手術(ロトミー、レクトミー、インプラント)
緑内障手術は、点眼薬やレーザー加療だけでは十分な眼圧下降効果を得られず、視野欠損が進行してしまう場合に推奨される治療です。一般的な手術と違って緑内障を治す治療ではありません。他の治療と同じく、あくまで眼圧を下げることが目標です。
緑内障の手術方法は大きく3つに分類されます。緑内障手術を理解する上で、目の中で産生される房水を蛇口、流出路を排水溝、眼圧を水の溜まったシンクと考えるとわかりやすいです。
繊維柱帯切開術(ロトミー)は、詰まってしまった排水溝のフィルター(繊維柱帯)を切り開く事で流れをよくする治療。繊維柱帯切除術(レクトミー)は、シンクに新たな穴を空け、白目の部分に房水を溜めておくダムをつくることでシンクに溜まった水を減らすイメージです。最近ではインプラントと呼ばれ、水の溜まったシンクに人工的な下水道を作る事で溜まってしまった水の流れを改善しようとするものもあります。それぞれにメリットやデメリットが存在するため、緑内障の分類や重症度によって適切な手術方法を選択する必要があります。
緑内障手術(レクトミー)は、糖尿病網膜症や静脈閉塞症などが重症化し、血管新生緑内障(排水溝に新生血管が根詰まりを起こして眼圧が上がっている状態)となった場合にも、失明を予防するための手段として役立ちます。